パソコンのはじまり マイコンからパソコンへ
更新日:2 時間前
マイコンからパソコンへ
ENIACからIntel 4004、Altair・Apple II、TK-80・PC-8001・PC-9801、IBM PCまで、パソコンが生まれ広がった歴史を年表と図でわかりやすく解説します。
この記事でわかること
部屋ほどの大きさだったコンピュータが、机の上に載るまでの流れ
日本のパソコン(PC-8001・PC-9801 など)が広がった理由
「OS(オーエス)」とは何か、なぜパソコンに欠かせないのか
最初のコンピュータは「部屋ひとつ分」だった
いま私たちが使っているパソコンやスマートフォンのご先祖は、巨大な機械でした。
1946年2月14日、アメリカのペンシルベニア大学で、ENIAC(エニアック)というコンピュータが披露されました(米コンピュータ歴史博物館の記録による)。これは真空管(電気を増やしたり切り替えたりする、電球のような部品)を1万8,000本ほど使った、部屋いっぱいの機械でした。使えるのは大学や軍、大きな研究所だけで、個人が持つなど考えられない時代でした。
その後、真空管はトランジスタ、さらにICと呼ばれる小さな部品に置き換わり、機械はだんだん小さく、安く、速くなっていきます。

転機はマイクロプロセッサ コンピュータの頭脳が1個の部品に
パソコンが生まれる決定的なきっかけは、1971年のことです。アメリカのインテル社が「Intel 4004」という部品を発表しました(1971年11月発表とされる)。
これがマイクロプロセッサです。コンピュータの頭脳にあたる「計算や命令の処理」を、指の爪ほどの1個の部品にまとめたものです。
用語メモ
CPU(シーピーユー):コンピュータの頭脳にあたる部品。マイクロプロセッサは、CPUを1個の小さな部品にしたもの。
頭脳が小さくなれば、コンピュータ全体も小さくできます。ここから、趣味で組み立てる人たちが現れ、「自分のためのコンピュータ」という考え方が広がっていきます。
「マイコン」の時代 組み立ててプログラムを書く
1975年、アメリカでAltair 8800が発売されます。一般にはこれが最初のパーソナルコンピュータのひとつとされています。キーボードも画面もなく、スイッチとランプで操作する機械でした。
1977年には、Apple IIが登場します。完成品として大量に販売された最初の個人向けコンピュータの一つとされ、「箱から出してすぐ使える」点が大きな特徴でした。
日本でも動きがありました。1976年、NECがTK-80という「マイコン・トレーニング・キット」を発売します(TKは「トレーニングキット」の意味)。基板がむき出しのキットで、部品を組み立て、数字のキーでプログラムを打ち込みます。情報処理学会は、このTK-80を「情報処理技術遺産」に認定しており、NECの担当者は「日本のパソコン普及の原点ともいえる」と語っています。
この時代のコンピュータを、日本ではマイコン(マイクロコンピュータの略)と呼びました。まだ誰もが使える道具ではなく、「好きな人が、自分で作って楽しむ物」でした。

日本のパソコンの誕生 PC-8001 と PC-9801
さらに、1982年10月に発表されたのがPC-9801(通称「キュウハチ」)です。情報処理学会の博物館の資料によると、次のような機械でした。
ポイント
CPUは NEC 製の 16ビット(8086 互換)、動作の速さは 5MHz
主記憶(メモリ)は最大 640KB
日本語の処理とカラー表示を想定して開発された
当時の日本語は、英語に比べて文字の種類がとても多いため、コンピュータで扱うのが大変でした。PC-9801 は日本語処理に力を入れ、主にビジネスの場で広く使われます。このシリーズは、その後ノート型にも広がり、2003年9月30日に受注を終えるまで、約20年間販売されました。
日本のオフィスや学校で、「パソコンといえばPC-98」という時代が長く続いたのは、こうした背景があります。
世界の標準になった IBM PC
世界に目を向けると、1981年8月12日、アメリカのIBMがIBM PC(5150)を発表しました。IBM PC は最初のパソコンではありませんが、業界に与えた影響は大きいと評価されています。
その理由は、中身の仕様を広く公開したことにあります。多くの会社がIBM PC に対応した部品やソフトを作れる(そして互換機も作れる)ため、世界中でIBM PC 互換機が広がりました。「パソコンの世界標準」ができあがっていったのです。
日本では、各社が独自の仕様で作っていたこともあり、この世界標準と日本のパソコンは長く別々の流れを歩みます。それが一つにつながっていくのが、次に説明する「OS」の変化です。

OS(オーエス)とは パソコンの「縁の下の力持ち」
ここまで何度か登場した「OS」とは、何でしょうか。
メモ
OS(オペレーティングシステム):パソコンの基本ソフト。キーボードや画面、ファイルの保管といった「機械の基本の仕事」を取りまとめ、メール・文書作成などのソフト(アプリ)が動く土台になる。
たとえるなら、OSはお店の「店長」です。お客様(アプリ)の注文を受けて、倉庫(記憶装置)や調理場(CPU)に指示を出し、お店全体が動くようにまとめます。OSがなければ、アプリはそれぞれ機械に直接お願いしなければならず、とても大変です。
初期のパソコンでは、黒い画面に文字で命令を打ち込んで操作していました。やがて、画面の絵(アイコン)をマウスで選んで操作する方式(GUI:ジーユーアイ)が普及し、専門家でなくても使える物になっていきます。
マイクロソフトのWindows 95は1995年に発売され(日本語版は同年11月)、日本でも大きな話題になりました。この頃から、パソコンが家庭に急速に広がります。2019年のいまは、Windows 10 やアップルの macOS などが広く使われています。

歴史から学べること
パソコンの歴史は、次のように整理できます。

お客様が使っている機械がなぜその形をしているのか、なぜ「OS のバージョン」で話が通じないことがあるのか。歴史を知っていると、機械の説明が一段わかりやすくなります。
よくある質問
Q. 「マイコン」と「パソコン」は同じですか?
A. 近い言葉ですが、日本では1970年代の、組み立てや自作を楽しむ段階の機械をマイコン、完成品として売られる機械をパソコンと呼び分けることが多いです。
Q. PC-9801 が日本で広く使われたのはなぜですか?
A. 日本語の処理を前提に作られ、ビジネス向けの用途で普及したためです。ソフトや周辺機器も増え、使う人が増えるほどさらに便利になる循環ができました。
Q. OS が違うと何が困りますか?
A. 同じアプリでも、OS が違うと動かないことがあります。購入する前に「どの OS で使うのか」を確認することが大切です。
確認問題
答え合わせをしてみましょう
問1 コンピュータの頭脳にあたる部品を1個にまとめた物を何と呼びますか。 答え:マイクロプロセッサ(CPU)。1971年のIntel 4004が代表。
問2 1982年10月に NEC が発表した16ビットのパソコンは何ですか。 答え:PC-9801
問3 OS をお店にたとえると、何の役割にあたりますか。 答え:店長。アプリの注文を受けて、機械の各部に指示を出してまとめる役割。
まとめ
最初のコンピュータは部屋ほどの大きさ。1971年のマイクロプロセッサで小型化への道が開けた
1970年代半ばのマイコンから、完成品のパソコンへ
日本では NEC の PC-8001(1979年)・PC-9801(1982年) が広がった
IBM PC(1981年)は仕様を公開したことで、世界標準となった
OS はパソコンの基本ソフト。アプリが動く土台
参考にした情報
米コンピュータ歴史博物館(Computer History Museum)「What Happened on February 14th」 https://www.computerhistory.org/tdih/february/14/
情報処理学会 コンピュータ博物館「NEC PC-9801」 https://museum.ipsj.or.jp/en/computer/personal/0011.html
PC Watch「情報処理学会がTK-80を情報処理技術遺産に認定」 https://pc.watch.impress.co.jp/docs/news/430499.html
ETHW (IEEE) 「The First PCs」 https://ethw.org/Personal_Computer
監修:株式会社日本マーケティング 編集部
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